スワッピングという言葉と夫婦交換という言葉。二つはほぼ同じ意味だと考えられるが、語義通りに解釈すれば後者はお互いが夫婦でなくてはならない。それに対して、前者は恋人同士でもいいし、たまたま顔見知り同士のペアが、まったく見知らぬカップルとパートナーを交換する場合にも使われるかもしれない。
 
 ただ、スワッピングが興奮する理由の一つが、自分の大切な伴侶が他人と性行為をするというところにあるのは間違いない。つまり、より近い関係・簡単には切れない関係の方が、興奮を呼ぶということだ。その意味では結婚した男女と、恋人同士の男女との間には大きな隔たりがあると考えていい。
 結婚指輪を枷に例えたのは、確か詩人の谷川俊太郎だった気がする。昨今の簡単に離婚してしまう風潮は両者の違いを曖昧にしつつあるのかも知れないが、経済的側面も含めて結婚するにはやはり大きな覚悟がいる。と同時に、特に男性の側は妻を自分のもの、正確には自分が守るべきものと考えることが多い。
 
 恋人同士では、そこまでの覚悟はない。レンタル移籍が比較的容易に出来るサッカーのような環境だ。それに比べると、夫婦はプロ野球の仕組みに似て移籍はかなり大ごとになる。もちろん比較の問題であって、普通ならば恋人同士でもパートナー交換は容易ではない。
 
 正確には、別れて他の人とくっつくのは、恋人同士では修羅場はあるだろうが、難しくはない。しかし、相手を愛している状態で一時的なパートナー交換であるスワッピングを受け入れるのは、女性においては特に難しい。そんな男とは、恒久的に別れようとするだろう。
 
 結婚は、枷で互いをつなぎ合うことだ。指輪は象徴に過ぎず、本当のくびきは目に見えない。その枷があるからこそ、一時的なレンタル移籍が可能になる。スワッピングは夫婦の愛を蘇らせるものと言われるが、事前に最低限の愛がなければ成り立たないものでもある。